1970年代を代表するスーパースター西城秀樹について

■ミュージックコラムvol.1〜歌謡曲編〜

歌唱力、アクション、衣装、魅せるステージの完成形をつくったヒデキに感激。

私は自称“音楽好き”である。
幼かった70年代、思春期を迎えた80年代、大人への階段を上がり始めた90年代そして2000年代、昭和から平成の音楽に常に触れてきたつもりである。
私が好きな音楽は、いわゆる王道であり、キラキラした音楽界のエンターテイメントだ。最新ヒット曲をチェックし、これからどんな音楽やアーティストが流行って行くのだろうと、ワクワクしていた。
それがここ最近、年齢的なこともあるのだろうが、ワクワクできる音楽ニュースをなかなか見つけることができなくなってしまった。そのせいか、音楽も懐古主義的な傾向にあることに気がついた。
「懐メロ」の世界はとてつもなく奥が深い。
先日、ニュースで知ったのだが、若い世代の間で「昭和歌謡」に興味を持つ人が増えているとか…
眉唾なニュースソースではあるが、私の周りにも昭和歌謡を聞いたことがある若者が大勢いる。
「なんで知っているの?」と聞くと、母親や父親の影響という答えが多い。
その次に多い答えが“You Tube”である。
世代が違うから話が合わないと思っていても、ふとした会話で私が子供の頃や青春時代に聞いていた音楽を世代の違う人たちと共有できることは、とてもうれしいことである。

2018年の5月、63歳で他界した「西城秀樹」は、私の幼少期のアイドルの一人である。
ヒデキがテレビに出ていると、食べていたご飯も途中でやめて、画面を食い入るように見つめていた。
亡くなってから、各メディアでは彼の功績を称えはじめた。J-POPの原型をつくったとも言われており、さらに日本で初めてソロ歌手としてスタジアムコンサートをした、日本で初めてコンサートでペンライト(当時は懐中電灯を会場に持ってくるように呼びかけたとか)を取り入れた、日本のテレビ番組で初めてスモークの演出をしたとも言われている。また「YMCA(ヤングマン)」では観客と一体となって振り付けをするスタイルもヒデキが最初だったそうだ。
特に有名なのは、当時超人気高視聴率音楽番組だった『ザ・ベストテン』でレコード売り上げ、ラジオリクエスト、有線リクエスト、ハガキリクエスト全ての要素が1位となり、9999点という満点の得点で1位を獲得したことかもしれない。

「YMCA(ヤングマン)」は累計売上180万枚とも言われる誰もが知る西城秀樹の代表曲である。

今年、この曲を何度聞いたことだろうか?確か小学生の頃、この歌が校内に流れ、運動会にみんなで踊った記憶がある。
世代を超え、時代を超え、多くの人たちがこの歌を口ずさみ、大きく手を振り上げて「Y」「M」「C」「A」をつくる。
いつまでも歌い継がれていく曲があるということは、歌手として最大の財産である。

この記事を機会に、ヒデキの音楽にぜひ触れていただきたい。

西城秀樹公式オフィシャルサイト
http://www.earth-corp.co.jp/HIDEKI/

★コラム : JIMMY(倉敷市出身。音楽と映画をこよなく愛するカフェ店主)

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