映画「海獣の子供」とレヴィ=ストロース『野生の思考』

クリエイターやアーティストたちをワクワクさせるモチーフがあったとして、それをどの様に表現してみようか、という話になる。
さまざまなその道のプロが集結して一つの作品として濃縮したらどうなるだろうか。
それが結実したもの

それが映画「海獣の子供」なのではないか。と思った。

大変色味がつよい。「自然の彩度」が高めの美しい画だと思った。
原作は五十嵐大介
音楽は久石譲、エンディングテーマは米津玄師
アニメーション制作はSTUDIO4℃

原作の五十嵐大介という人の作品は以前からファンでほぼすべての作品を読んでいる。
彼の作品は絵柄がボールペンのみで描かれている。つまり、トーンなどを貼って制作したものではなく、全て手書きで制作された作品である。
これが彼の世界観を作り上げる上での一つの個性としてあると思う。

話の内容は、目にみえなかったり、科学的な機械で観測することができない不思議なもの、しかし、そこに存在している何かに注目しているものが多い。
自然科学では否定されるもの、しかし、そこには存在しているなにか。
他の思考方法によって導き出される何かに着目している。
いわゆる「呪術」、「儀礼」、「憑依」、「神話」などと関連したもの
シャーマンや呪術師、魔女などといった人の営みに関連したモチーフが多い。
こうしたものを研究している文化人類学的な視点が多く採用され、物語が形成されている点が興味深い。

文化人類学者で現代思想の大家、レヴィ=ストロースが著した『野生の思考』という本がある。
映画「海獣の子供」はこの「野生の思考」を意識して制作されたのではないかと私は思っている。
今の学校ではあまり目にしなくなったトーテムポールが映画の最初の方に風景の中に出てくる。
物語の中では一切関係ないが、風景カットとして何度か出てくる。
トーテムポールといえば、トーテミズムであり、これは、レヴィ=ストロースが『野生の思考』の中で分析している理論の一つである。
つまり、私にはこの映画のストーリーはレヴィ=ストロースの『野生の思考』のオマージュとして制作しているというメッセージのように思えた。

そもそも「野生の思考」とは何なのか。
簡単に説明すると、私達の生活の中での思考方法として基盤になっている考え方として「自然科学」があります。
これは欧米からもたらされた思考方法、分類方法です。
しかしながら、多くの民族にはそれとは違う考え方、思考方法、分類方法があります。
そうした思考方法で行う行為を「儀礼」や「儀式」「呪術」と呼ぶことがあります。
こうした思考方法は、「自然科学」が生まれるよりもずっと昔から長期に渡って継承されてきた思考方法です。
この思考を「野生の思考」と呼びます。この「野生の思考」は「科学的な思考」の下位に属していると考えている人もいますが、
あくまで「科学的な思考」も思考の一つであり、「野生の思考」と「科学的な思考」は相対的に見てく必要があるということをレヴィ=ストロースは言っています。
「科学的な思考」はすべてを見通すことができると考えている人もいますが、限界は存在します。
「世界」をみつめていく眼差しとして、「科学的な思考」だけではなく、他の思考「野生の思考」を活用することも我々の生活では重要になってくるのです。

わかりやすい例として、墓石について考えてみます。
科学的な視点で墓石をみると、御影石を直方体にカットして文字を彫刻したものである。この石を蹴り倒すとどうなるか、石は倒れる。ということになる。
しかしながら、私達は墓石を蹴り倒すという行為をすることができるだろうか?
おそらくできる人はほぼいないのではないかと思う。そんなことをすれば社会的に批判の目にさらされるだけではなく、日本では刑罰の対象にもなる。
科学的には問題のない行為がなぜ、刑罰対象にもなる社会問題になるのか。
その背景には我々がもっている「聖なるもの」への敬意が関係している。そして、その「聖なるもの」を「聖なるもの」たらしめているものこそが「野生の思考」である。
「野生の思考」は我々の生活に根付き様々なところでひょっこりと顔をだす。
科学的には根拠のないもの、科学的には意味のないものであるから切り捨てるというものは間違いである。
「野生の思考」でみた世界を安易に否定することは馬鹿げている。
また、自然科学が発展することによって逆に「野生の思考」が正しかったというようなこともあったりする。
そうした詳細についても書かれているので、興味がある人はレヴィ=ストロース『野生の思考』を読んでいただきたいと思う。

話を映画「海獣の子供」にもどそう。
この映画はこの「野生の思考」の考え方を知った上でみると世界観がよりわかりやすくなるのではないかと思う。
様々な地域の伝承や神話をブリコラージュし、独自の世界観を作り出しているのでそこに注目してみると、
キャラクターの言葉のなかに隠されたメッセージをより深く読み取ることができるのではないかと思う。
映画を見た後に「この物語はよくわからない。なにが言いたかったのか。」と思うかもしれない。
しかしながら世界は単純な数式によって成り立っているものではなく、様々なファクターが複雑に絡んでいるからこそ面白い。
カオスな状態であることが世界でありそれをどのような方法で見定めていくかが
「あなたのセカイ」のはじまりなのではないかと思う。

参照文献
クロード・レヴィ=ストロース(1976)『野生の思考』大橋保夫 訳, みすず書房.

 

コラム:GORILAX
大学院卒 学術修士。ふと湧き出す好奇心から、いろんなセカイを巡るのが好き。実際に現地に足を運んで、海外のイベントや食、文化についてのコラムを執筆したり、国内の「面白いもの」について紹介していきます。

GORILAX
コラムニスト ふと湧きだす好奇心から、いろんなセカイを巡るのが好き。実際に現地に足を運んで、海外のイベントや食、文化についてのコラムを執筆したり、国内の「面白いもの」について紹介していきます。社会学、文化人類学の視点からもアプローチしていきます。