「なんてったってアイドル」から「明日の森」へ。小泉今日子、60歳の自由な地平線


時代の「正解」を更新し続けた彼女が、還暦の先に見た景色とは

「小泉今日子の一番売れた曲は?」 そう聞かれたら、多くの人が『なんてったってアイドル』の突き抜けた明るさや、『木枯しに抱かれて』の切ない旋律を思い浮かべるだろう。しかし、レコードとCDの売上データが示す事実は少し違う。彼女のキャリアにおける最大のヒット曲は、自身が作詞を手がけた90年代のミリオンセラー『あなたに会えてよかった』だ。 私たちが口ずさむ80年代の代表曲たちは、実は数字の上ではトップ3にも入っていない。ここに、日本の歌謡界における興味深いパラドックスがある。「記録の90年代」と「記憶の80年代」。 そして、この数字のねじれこそが、激動の時代を独自の戦略で泳ぎ切った一人の女性の物語を雄弁に物語っている。

華の82年組、そして「自由なアイドル像」への分水嶺
1982年、「花の82年組」の一人として歌手デビューを果たした小泉今日子。 初期の彼女は、まさに時代のアイコンだった。『The Stardust Memory』で見せた圧倒的な「陽」のエネルギーと、『木枯しに抱かれて』で見せた「陰」の切なさ。この二面性を武器に、彼女はまたたく間にスターダムを駆け上がった。
しかし、彼女の非凡さはそこから先にある。 多くのアイドルが「歌わされる人形」であることを求められた時代に、彼女は軽やかにその枠を食い破ってみせたのだ。1991年の『あなたに会えてよかった』や1993年の『優しい雨』といったヒット曲では、等身大の言葉で作詞を行い、同世代の女性たちの心を掴む「表現者」へと進化を遂げる。 俳優として映画や舞台に立ち、執筆家としても筆を振るう。彼女にとってアイドルとは、ゴールではなく、表現の旅の始まりに過ぎなかったのかもしれない。

城を拡張する聖子、砦に籠る明菜、移動する今日子
80年代後半、アイドルシーンは群雄割拠の時代を迎える。そこで繰り広げられたのは、三者三様の「城」の築き方だった。
松田聖子は、既存の「アイドル」という概念を極限まで高め、誰も寄せ付けないほど煌びやかで超豪華な「城」を拡張し続けた。それは「松田聖子」というブランドを完璧に維持し、王道を征く強さだ。 中森明菜は、その対極を行く。自身の美学と孤独を積み上げ、誰の侵入も許さない堅牢な「砦(とりで)」に籠り始めた。深淵を覗き込むようなその姿勢は、孤高の芸術性を高めた反面、外界との遮断を深めていくことになる。
そして小泉今日子の戦略は、そのどちらとも違った。 彼女は城や砦に固執しない。定住を拒み、時代の空気を読み、女優業やサブカルチャーを柔軟に取り込みながら、次々と「新しい正解」をたたき出し、軽やかに移動していく。 場所を変え、髪型を変え、歌うスタイルを変え、常に鮮度を保ち続けるそのスタイルは、まさに変幻自在の戦略家だった。

「株式会社明後日」という、自前の翼
その「移動する力」は、2015年に決定的な形となる。 彼女は芸能事務所から独立し、自ら代表を務める制作会社「株式会社明後日」を立ち上げたのだ。舞台、映像、音楽、出版……ジャンルを問わず、自分が面白いと思うエンターテイメントをプロデュースする。それは、誰かに用意されたステージではなく、自らの手で地図を描き始める宣言だった。
さらに2021年には、盟友・上田ケンジと共に音楽ユニット「黒猫同盟」を結成。音楽活動を通じて猫の保護活動を応援するという、社会的メッセージを含んだ活動もスタートさせた。 2022年にデビュー40周年を迎え、2024年には新たに「シン・コイズミックスプロダクションズ」を始動。かつてのクラブカルチャーを通過した大人のダンスミュージックを展開し、その創造性は留まることを知らない。

還暦を遊び倒し、未来へ種を撒く

そして2026年、彼女は還暦記念ツアー『KK60 ~コイズミ記念館~』で全国を巡っている。 特筆すべきは、彼女が祝い花やプレゼントを辞退し、代わりに「明日の森プロジェクト」への寄付を呼びかけたことだ。
2025年、私たちはクマの出没や里山の荒廃というニュースに胸を痛めた。森のバランスが崩れている――その事実に、彼女はエンターテイナーとしてではなく、一人の成熟した生活者として向き合ったのだろう。 NPO法人エコラ倶楽部、株式会社明後日、株式会社UPDATERが連携し、野生動物と人間が共生できる森を作るために、どんぐりの木を植える。
1口1,000円からの寄付が、どんぐりの苗木となる。 どんぐりが実を結ぶまでには8年から10年かかるという。華やかな花束に囲まれる一瞬の喜びよりも、10年後の森の静けさを育てることを選ぶ。この選択には、60歳を迎えた彼女の静かな覚悟が滲んでいる。

聖子が「アイドル」という職業を極め、明菜が「歌姫」という業を背負った時代。 今日子は、そのどちらでもない場所で自由を手にすることを許された。だからこそ彼女は今、60代になってもなお、ダンスビートで踊り、森に種を撒くことができるのだ。

かつて「なんてったってアイドル」と歌った少女は今、誰よりも自由に、独自の「自由の女神像」を描き続けている。


未来へ森を手渡すために。
あなたの参加が、時間をかけて育つ森の力になります。

明日の森プロジェクト(アスモリprj)
寄付金額:1口 1,000円~
寄付受付:TADORi 特設ページ
寄付先:NPO法人エコラ倶楽部
内容:苗木代、土地整備費、森の手入れ・維持管理費 等
備考:物品の送付なし/税控除対象外
・寄付方法や注意事項は、TADORi公式サイト内の特設ページをご確認ください。
TADORi 特設ページ:https://tadori.jp/products/169

伊集院 遥
人生の移ろいを感じながら、風のように生き、雨のように歌い、太陽のように人を照らしたい。