【2025年回顧録】シナリオなき激動の1年。


女性宰相、高級米のパラドックス、そして「実写」の逆襲が始まった

2025年という年を後世の歴史家が振り返ったとき、これほど「事実は小説より奇なり」を地で行く年はなかったと記すだろう。
SF映画のような万博会場、サスペンスドラマよりもスリリングな総裁選。そして映画界では、長らく続いた「アニメ一強」の均衡がついに破られた。私たちが目撃した2025年は、既存のシナリオが通用しない、全く新しい「ニッポン」へのアップデートが完了した1年だった。

■ 「ガラスの天井」が砕け散った日
最大のハイライトは、やはり10月。日本憲政史上初、女性総理大臣・高市早苗氏の誕生だ。 世界中のメディアが「日本のサッチャーか、それとも新たなタカ派の台頭か」と色めき立ったが、国内の空気は意外にも冷静だったように思う。それは、「男社会の日本」という古いOSが、限界を迎えていたことを誰もが肌で感じていたからかもしれない。 彼女の誕生は、単なるジェンダー平等の象徴ではない。古き良き慣習と決別し、実利と強さを求める新しい時代の幕開けを告げる号砲だった。

■ アニメの絶対王者と、実写映画の革命
エンターテインメントの分野でも、歴史的な地殻変動が起きた。 ここ数年、日本のスクリーンはアニメに占領されていたと言っても過言ではない。今年も『鬼滅の刃 無限城編』が公開されるや否や、初日から歴代記録を塗り替えるロケットスタートを切り、その圧倒的なブランド力を見せつけた。「やはり鬼滅強し」──誰もがそう思った矢先、事件は起きた。
実写映画『国宝』の爆発的なヒットだ。 歌舞伎という伝統芸能を題材に、生身の人間が演じる重厚なドラマが、アニメ慣れした若者たちの心を鷲掴みにしたのだ。「実写はアニメに勝てない」という近年のジンクスを打ち破り、ドル箱コンテンツである『鬼滅』と真っ向から渡り合ったこの現象は、日本映画界にとって希望の光となった。 「絵」の力強さと、「人」の熱量。この二つが両輪となって回った2025年は、まさに日本映画のルネサンス(再生)元年と言えるだろう。

■ 「米」が突きつけた、資本主義の冷たい現実
一方で、私たちの足元では奇妙な喜劇が起きていた。令和の米騒動だ。 春には「米がない」とスーパーに行列ができ、買い占めが起きた。しかし、新米が高値で出回った途端、消費者は驚くほどドライに反応した。「高いなら買わない」。
結果、今スーパーの棚には、誰も手に取らないピカピカの高級米が山積みになっている。 インバウンド客が食べる5,000円の海鮮丼と、日本人が手に取らなくなった5kg 4,000円の米。このコントラストこそが、円安と物価高がもたらした2025年の日本のリアルだ。私たちは精神論を捨て去り、シビアな経済感覚で生き残りを図ろうとしている。

■ 飽和する「3分間のドラマ」のその先へ
エンタメ界では、タイパ(タイムパフォーマンス)を極めた「縦型ショートドラマ」がピークを迎えた。 誰もが隙間時間に「復讐劇」や「シンデレラストーリー」を消費したが、年末にはすでに飽和し、人々は「もっと深みのある物語」を渇望し始めている。
駆け抜けた2025年。 政治も、経済も、エンタメも、これまで通用した「安パイな展開」はもう通用しない。 2026年、私たちを待っているのは、AIですら予測不能な、さらに刺激的なドラマになるはずだ。

■ 「検索」から「依頼」へ。AIが”空気”になった年
そして、私たちの生活様式を根本から変えたのが、AIの「エージェント化」だ。 これまでのAIは「質問に答えるチャットボット」だったが、2025年は「目的を達成してくれる執事」へと進化した。 スマホやPCに搭載されたAIが、私たちのスケジュールを把握し、勝手にレストランを予約し、旅行プランを組み立てる。人々はもはや「検索」することをやめ、AIに「依頼」して結果だけを受け取るようになった。この1年で、AIは「最新技術」という特別な存在から、電気やガスと同じ「あって当たり前のインフラ」へと溶け込んだのだ。

■ 予測不能な2026年へ
駆け抜けた2025年。 政治も、経済も、映画も、これまで通用した「安パイな展開」はもう通用しない。 2026年、私たちを待っているのは、AIですら予測不能な、さらに刺激的なドラマになるはずだ。

伊集院 遥
人生の移ろいを感じながら、風のように生き、雨のように歌い、太陽のように人を照らしたい。