多様性の中で生まれた「当事者」という呼び名

社会にカテゴライズされる”多様性”にどんな意味があるのか?

ここ数年、ダイバーシティーとか、多様性を認め合う社会といった言葉が飛び交うようになり、メディアや各団体が意識的に人々にアピールしている気がする。多様性には、性別、マイノリティなセクシャリティとされるLGBTや、カラダや心に障害を持つ人、宗教や嗜好など、あらゆる人々がそこに含まれ、価値観の違いをお互いに理解し合い、家族、地域、コミュニティを形成していくことの大切さを問うているようだ。
しかし、多様性を認め合うと言いながらも個々の価値観や個人をカテゴライズしてないか?と思う時がある。「LGBT当事者」という表現の仕方が、私は嫌いだ。むしろ不快感さえおぼえる。多様性という言葉でボーダレスなイメージを作りながらも「あなたはLGBT当事者なんだからLGBTとして生きていきなさい」と言われているように思えるのは、私の気のせいだろうか。

イラスト:森ケン

数年前までは、LGBT(LesbianGayBisexualTransgender)という4つの頭文字でカテゴライズされていたが、ここにきて「Q」と「+」が加わってきた。「Q」という頭文字は2つの単語に由来がある。一つは「Quesioning」=自分の性のあり方が定まっていない、もしくは特定したくない人。2つ目は「Queer」=性的マイノリティを包括する表現。風変わりや奇妙という意味があり、元々は同性者を侮辱する言葉だったとか。「+」は、性は多様で、LGBTQ以外にもさまざまな性のあり方があることを示している。
こうなると、異性愛者以外のタイプは全員マイノリティにカテゴライズしとけ!という感じにも受け止められる。

昔からの常識が正しくて、その枠をちょっとはみ出したり、常識という枠から大きく外れたりすることを正しくないとする世の中で、本当に多様性を認め合う社会が実現するのだろうか?

2021
1128日に私が住む街岡山市で、中国地方初めてのレインボーパレード(プライドパレード) が開催される。コロナ禍によって一年の延期となったが、この保守的そのものの風土の中でパレードを開催する苦労は計り知れない。多様性を認めてもらうためには、大変な努力が必要なのだ。
何が正しくて、何が常識で、何がマイノリティなのか?もうそんなことを問う時代ではない。セクシャリティに関して何が正解かは個人が決めることであり、常識と呼ばれる正しさを押しつけるものではない。
私もこのパレードに参加しようと思う。
『ひとりじゃないよ~ひとりで悩んで苦しまないでWE ARE ALL WITH YOUあなたは、ひとりじゃないよ~』というテーマのもとに地元はもちろん近隣地域や全国各地から多くの人々が集まるそうだ。
たくさんの人々と歩くことで、自分の正解、そして多様性とは何かがわかるのかもしれない。

『ももたろう岡山 虹の祭典2021』

開催日:20211128日日曜日
時間:12:0016:00
定員:300(事前登録)
公式ホームページ https://www.momoniji.net/
Facebook https://www.facebook.com/2020Okayama/

『ももにじ岡山』公式テーマソング
「We are all with you ~ひとりじゃないよ~」 
歌:PINKNOTE petit

伊集院 遥
人生の移ろいを感じながら、風のように生き、雨のように歌い、太陽のように人を照らしたい。