『天国と地獄 ~サイコな2人~』のメッセージは上野千鶴子の東大祝辞の思いを受けて『ドラゴン桜』へ続く。

TBS日曜劇場 『天国と地獄 ~サイコな2人~』が最終回を迎えた。
最終回に向けた終盤の話を観ているなかで脳裏によぎるのは平成31年度東京大学入学式の祝辞だ。
祝辞を行ったのは上野千鶴子。社会学関連の勉強をしている人ならば一度は名前を耳にしただけではなく、著作を読んだことのある人も多いのではないかと思う。
ここで引用したいのは東京大学入学式の祝辞での学生に向けた下記の言葉である。できれば後で全文を読んでみてほしい。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 上野千鶴子 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html (2021年3月21日閲覧)

これは『天国と地獄 ~サイコな2人~』の話の柱となるメッセージそのものではないかと私は思う。周りの環境によってその人の置かれる状況は大きく変化し、それは「がんばったら報われる」というポジティブな思いだけではどうにもならない状況というものが実際には少なくない。ドラマの中で出てくるクウシュウゴウは我々の社会にも存在しているだろう。彼らのことが私達にはみえていないかもしれないし、みないようにしているのかもしれない。そして、自分はクウシュウゴウかもしれないと思う人も中にはいる。「本当にしんどい」、弱っている人に限って、彼らを利用したり貶める人は多い。また、自分の生活を維持するだけで必死だという人も多い。だからよそには目を向けられないという人もいるだろう。そうした人に、「恵まれないひとびとを貶めるのではなく、そういうひとびとを助ける」ということをしてください、となるとなかなかハードではある。東京大学の学生なら、そうしたことができるかもしれないが。多くの人が同じように頑張ることがなかなかできないかもしれない。

私はそこまで頑張らなくても良いんじゃないかとは思う。それよりも大事なことはまずは、「認知」すること、クウシュウゴウをみつめること、彼らの話を聞くことなのではないかと思う。ただ聞くだけ。その話に良い悪いというジャッジをするわけではなく、ただ聞くだけ。「語り」に耳を傾けることからまずは始めてみたら良いのではないかと思う。困った状況にいる人に対して、自分では力不足で問題解決ができないから端から話を聞かない、関係をもたないということがより深い断絶をつくり、不安や不満をより根深いものにしてしまうのではないかと思う。

偶然だろうか、次に始まるドラマは『ドラゴン桜』である。あの、東京大学をめざす学生の話である。『天国と地獄 ~サイコな2人~』と『ドラゴン桜』は上野千鶴子の祝辞でつながって関連した話のように捉えることができはしないだろうか。またそうした鑑賞の視点からだと、また何かおもしろい発見があるかもしれない。

GORILAX
コラムニスト ふと湧きだす好奇心から、いろんなセカイを巡るのが好き。実際に現地に足を運んで、海外のイベントや食、文化についてのコラムを執筆したり、国内の「面白いもの」について紹介していきます。社会学、文化人類学の視点からもアプローチしていきます。